栃木県小山市にある小山城南高校。学校がある小山市西城南は住宅やお店などが多く、小山市の中でも栄えている地区になります。
設置されている学科は総合学科のみとなっています。1年生では将来の進路について学習したり考えたりし、2年生以降は5つの系列(「言語・社会」「自然科学」「生活・福祉」「健康科学」「芸術」)で用意された幅広い選択科目の中から科目を選んで、個性を生かした学習を行っているようです。
一般的な普通科高校とは違って、いろいろな分野の授業を受けられるんだね!
卒業生の進路もさまざまです。
- 私立大学 57名
- 私立短期大学 26名
- 専門学校 93名
- 就職 21名
令和2年度卒業生の進路
そんな小山城南高校は2022年で100周年を迎えます。
今回はこれまでの小山城南高校の歴史について見ていきましょう。
小山城南高校のあゆみ
まずは簡単に学校の歴史をさらっと解説!
- 1922年 小山町立小山女子実業補習学校として誕生
- 1928年 栃木県小山実践女学校へ変更
- 1933年 栃木県小山高等実践女学校へ変更
- 1946年 栃木県小山高等女学校へ変更
- 1948年 小山女子高等学校へ変更
- 1949年 小山城南高等学校へ変更
- 1951年 栃木県立小山城南高等学校へ変更
名前がコロコロ変わる😟
どうやらもともとは女子学生が通っていた学校だったようです。
学校のはじまり
1922年に小山町立小山女子実業補習学校が開校しました。現在の小山第二小学校と併設されていて、授業内容は国語や算数などの他に家事や裁縫の授業もありました。
小山の町もこの頃には発展し、職業教育を行う学校が必要とされてきたことが背景にあるらしいです。
記録によると第1回の卒業生は13(14?)人だったそうです。
正式に女学校へ
時が経つにつれて、小学校卒業した後に宇都宮や佐野などの女学校に入学する生徒が増えたため、補習学校から女学校へ転換することになりました。
1928年に小山実践女学校に名前を変え開校しました(1933年に栃木県小山高等実践女学校へ変更)。
実務教育をメインにした学校にすることにしたそうです。家事や裁縫の授業は引き続きありました。
学校行事も充実していたようで、修学旅行では鎌倉や関西などにも行きました。特にバザーや展覧会を開いた時には、生徒が作った作品が展示されたり売られたりしただけでなく、食堂を開いてドーナツやカレーなども売れたようです。
昔もそういう行事はあったんだね!
戦時中〜戦後
戦争が始まると、農作業の手伝いや工場へ派遣されるようになりました。飛行機の部品やパラシュートを作っていたそうです。
しかし戦争が終わり教育の改革が始まりました。女子も大学へ行けるようになり、男子も女子も同じように教育を受けることが認められるようになりました。
小山高等実践女学校も1946年に栃木県小山高等女学校(2年後には小山女子高等学校)となりました。
戦後の学制改革によって、今と同じように小学校〜高校までの流れができたんだね。
それだけではなく、校舎も今までは小学校と同じ場所にあったけど、新校舎を作って移転することになりました。
町もお金がないので、たくさんの人の寄付のおかげで移転することができたそうです。
そもそも高等女学校から高校へ転換する際、初めは独立した校舎もなく設備も不完全なので、県からは高校になるには不適切な学校だと見なされていたようです。
なんとか頑張って高校になれたのね。
小山城南高校へ
1949年からは男女共学校になりました。新憲法や教育基本法の影響を受けているようです。
1949年に入学した男子生徒は16名でした。
元女子校に16名の男子が入学か😦
学校の名前も変えなきゃだね。
ここで小山城南高等学校となりました。
その後、高校進学率が上昇したことにより学級数も増えていきます。
年度 | クラス数 |
1961年 | 普通科3クラス・家庭科1クラス |
1967年 | 普通科6クラス・家政科1クラス |
衛生看護科の新設
1972年に小山城南高校に衛生看護科が設置されました。
急に衛生看護科?
県内の看護士不足を解消することや、自治医科大学附属病院の看護士を養成するためだったそうです。
専門医学や看護法を学んだり、校内や病院で看護実習を行ったりしたそうです。
看護科の1期生は92名でした。
男子募集停止
看護科ができたことと並行して、男女共学制をやめることになりました。
また女子だけになるの?
そうだね。男女共学校が女子校に変わるというのは珍しいように思うよ。
当時小山市にある小山高校では、農業科が小山園芸高校に独立しました。そのため農業科の分が空くことなりましたが、逆に小山城南高校は衛生看護科ができたことで教室が不足していました。
小山城南高校はもう満杯だから、ちょうど教室が空いた小山高校へ男子は編入することになったそうです。
その後
1998年それまであった家政科が閉科されました。半世紀にも及ぶ家政科の歴史がここで終了しました。
また2004年には衛生看護科も終了となりました。32年間の歴史を刻むことになりました。
2006年からは再び男女共学校となり、普通科の募集は停止して総合学科が新設され今日に至っています。
総合学科とは?
総合学科は普通教育を行う「普通科」や、専門教育を行う「専門学科」に並ぶ第3の学科として誕生しました。普通教育と専門教育を総合的に行う学科として1994年から制度化されました。
まとめ
小山城南高校はこれまでいろいろな学科があったんだね。
そういう歴史があるからこそ、普通科ではなく総合学科の高校として、さまざまな進路に対応できる学校になっていると思うよ。
参考資料
- 創立90周年記念誌
- 創立六十周年記念誌
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